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2014年07月06日

三日目のパスタ,読書録「おせっかいな神々」3



 三日目のパスタ

 昨日の夕食にトマト煮の残りを使ったパス
タを食べる。もともと何が入っていたのか分
からないくらい、具がとろけていたが、とて
も美味しいひと品だった。

 トマトと言えばイタリア料理、イタリア料
理といえばパスタを抜きには語れないのでは
ないだろうか。語れるほど詳しくは無いけれ
ど、パスタはとても好き。
 トマト味のスープやポトフを作った時は、
最後の締めにほぼ必ずパスタソースにしてな
にも残らないようにいただく。煮込めば煮こ
むほど具材が砕けて、パスタに良く絡まるよ
うになるので、この食べ方だととても美味し
いパスタソースが出来上がる。

 はじめに作ってから三日目ともなると、ほ
とんどの具材は元型をとどめていない。
 最初に入れていた骨付き肉は、その日のう
ちに大方食べてしまっていたから、砕けると
ころまではいっていない。
しかし、じゃがいも玉ねぎズッキーニは全部
砕けて鶏肉から出るゼラチン質と合わさり、
冷えたままだとゲル状になっている。
 形が判別できる具材は、大きめに切ってい
た人参とズッキーニの皮位、あとはもともと
砕けているバジリコか。初めてズッキーニを
煮物にしたのだが、皮まで美味しく食べるこ
とが出来て、ゴミの量が少ない良い野菜だっ
た。

 家族と食べるので、ソースはそれなりの量
が必要なのだが、必要な量がいつも残るとは
限らない。残り物ソースはこの部分が難しい。
 いつもは、足りなかったらトマトケチャッ
プを足してカサを増やすのだが、今日はたま
たまひきだしの奥から、昔に貰ったトマト
ソースの瓶詰めを発見していたので、これを
カサ増しに使うことにした。

 もう何の機会で貰ったのかも分からないく
らい、昔に貰ったものだったけれど、何とか
賞味期限が切れる前に発見することが出来た。
もう少し遅かったら、また、私一人で食べる
事になっていたことだろう。
 しかし、使われること無くひきだしの奥に
しまわれていたのも納得できる。二ビン見つ
かったのだけれど、一つ一つの量が雀の涙。
一人前のパスタにかけても、これでは味が薄
すぎるのではないかと言うくらいのものだっ
た。

 幸い、元のソースと上手く馴染んで、美味
しくいただくことが出来ました。
 食料をしまうひきだしは、あまり奥行きが
深くないほうがいいのではないかなと思いま
した。

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読書録「おせっかいな神々」3

著者 星新一
出版 新潮社

P92より引用
“例によって高い値段をつけ、売りつけてし
まったのだ。どうも妙な時代になったもの
だ。幸運のマスコットなら、簡単に手ばなさ
なければいいだろう。また、買うほうも買う
ほうだ。そんなことに少しも不審を抱かず、
言い値どおり支払った。”

 目次から抜粋引用
“笑い顔の神
 死の舞台
保護色
 歴史の論文
 伴奏者”

 ショートショートの代名詞とも言える著者
による、短編小説集。
 あるところの平凡な村の平凡な男が、木の
像を拾ったのだが…。(笑い顔の神)

 上記の引用は、幸運のマスコットの心情を
表した一文。貴方だけに教えますとか、貴方
は選ばれた幸運な人ですなどといって、人に
何か商品を勧める宣伝文句には、よくよく気
をつけなければいけませんね。
本当に美味しい思いをすることが出来る物は、
誰も人に教えずに独り占めしようとするのが、
本音なのではないでしょうか。
 皮肉で意地悪な感じのする話がありますが、
それだけに示唆に富んでいると思います。

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posted by 出雲一寸 at 12:27| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする