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2013年10月09日

20131008近況飯エッセイ

20131008近況飯エッセイ

 おやつにチョコチップクッキーを食べる。
ほんのりシナモンの香りが漂う美味しい一品だった。

 今日食べたものはチョコチップの含有率がしっかりと書いてあ
って、12パーセントとのこと。一割以上チョコチップが入ってい
るので、どの一枚をとってもシッカリとチョコチップが入ってい
た。
 子供の頃食べていたチョコチップクッキーは、もっと混ぜ方が
荒いというかチョコ含有率が少ないというか、ハズレを取るとチ
ョコチップを探すのが難しい普通のクッキーのような一枚があっ
たように思う。
 今例にあげているチョコチップクッキーだけでなくて、あらゆ
るお菓子に昔は当たり外れがあったような記憶があるのだけれど。
製造に使われている機械が、今のものより大雑把に作るように出
来ていたのだろうか。
 当たり外れがあることは決して悪いことばかりではないと思う、
そのハズレに当たったことで一つ誰かと話す話題が増えるし、ハ
ズレを引いた相手とは親近感が高まるだろう。そういう点で言う
と、製品の仕上がりにばらつきが少なくてよくできた品物という
のも、ありがたくもあるが寂しくもあるのかもしれない。

 こういう工場生産品や、個性のない物の集まりを喩える時に、
どこを切っても同じ顔が出てくるということで、金太郎飴が喩え
に出されることがある。しかし、この喩えはいかがなものかと思
う。
 記号化されているとはいえ、複雑な人の顔を飴細工で再現した
ものが、どこを切っても同じであるとは思えない、観察不足なの
ではないだろうか。まあわかりやすい物のたとえなのだろうけれ
ども、今の時代ならコピー&ペーストのようだと言ったほうが、子
供にでもスマートフォンが普及しつつある今ならわかりやすいか
もしれない。

 安定して美味しく食べることが出来るのはとても有難いことだ
けれども、なにもかも完全に同じようにはならないのではないか
なと思います。とくに自然の産物については、当たり外れがある
ことが当たり前くらいに思っておいたほうが、気楽でいいような
気がします。

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posted by 出雲一寸 at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする